包茎の歴史

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現状の結論として、包茎こそが理想的な状態と思っています。


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日本における包茎に関する記述は少なく、いつごろから「包茎は恥」とする文化が生まれたかは定かではないようです。性風俗史にも性器に関する文献は少なく、あるとすれば夜這いの風習や若衆小屋とかでの複数での交わりとか行為に関する文献は見たことがありますね。昔の農民の娯楽が少なく、セックスが娯楽としてあったとか。

その中で、包茎に関する記述として平田 篤胤という江戸時代後期の国学者・神道家が外国人のペニスを揶揄している表現をしていたり、華岡 青洲という江戸時代の外科医の手術記録にある僧侶の包茎を治してやったところ僧侶は大喜びをしたと記載されています。他に江戸時代の川柳で「皮かぶりでは無いからと御縁組」というのがあり、江戸時代には「包茎は恥」とする文化がすっかり定着していた模様ですから江戸時代以前よりから現代まで延々と染み付いてきた文化ですね。

さて、海外での包茎の歴史はといえば、こちらはなかなか興味深いところがあります。宗教上の事情や衛生面の事情、はたまた芸術面の事情でさまざまた包茎に対する歴史があるようです。

古代ギリシャやローマでは、肉体は美しいものだとし、自然体こそが「美」とする価値観をもっていました。そのなかで、ペニスに対しては包皮に包まれているペニスこそが自然で正しい姿と考えられていました。逆に通常時も亀頭が露出しているものは汚らわしいとされていました。特に当時では、スポーツは裸でやるものでしたから常にペニスも露出さており、その中で亀頭が露出している状態は汚らわしいとされ包皮口を紐などで縛って亀頭が見えないようにしていたほどです。その他、肉体に対する冒涜としてペニスを割礼などの改造変形した人を死刑にしようとした皇帝やシリア王国では割礼した人を死刑にする法令を出したりしました。それほどまでに古代ギリシア、ローマでは包茎が賞賛されていました。

宗教上においては、ユダヤ教やイスラム教徒が割礼をする慣わしとなっています。これは、旧約聖書の創世記17章にある、アブラハムは神と契約を結ぶために一族のすべての男子と一緒に割礼を受け、このときにヤハウェの神は、イスラム人と神との契約のしるしとして、すべての男子は割礼を受けなければならぬとされ、それ以後、ユダヤ教やイスラム教徒の中には包茎はほぼいない状態となってます。

医学的見地より包茎が悪者とされてきたのは約150年前ぐらいからで、当初は自慰行為を辞めさせるために包皮切除をしていたが、だんだんと包茎は様々病気の元とされ包皮があることが悪とされました。現在では、ほとんどが覆されていますが、このときの風潮が未だに色濃く残っている部分があるんでしょうね。

参考文献:切ってはいけません! 日本人が知らない包茎の真実

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